夫がギャンブル依存症になりまして

ギャンブル依存症・借金依存症はどうしたら治る

【114話】ギャンブル依存症専門の精神科で受けた心理テストの結果

夫はギャンブル依存症です。

紆余曲折を経て、夫の治療をするべく、ギャンブル依存症専門の精神科にたどり着きました。

精神科では、夫の状態をより詳しく知るために、心理テストを受けることになりました。

夫一人で受けた心理テスト

予約した心理テストを受ける日、今までは私がいつも一緒に病院に行っていたのですが、夫一人で行ってもらいました。

検査を受けるためだけの通院で、診察などはなかったからです。

 

一人で検査を受けて、検査結果は後日診察がてら聞きに行きます。

検査結果を聞く日は私も一緒に行くことしました。

心理テストを受けた夫の感想

夫が病院から帰宅しました。

 

夫に検査の感想を聞いたところ、

「なんか途中で知能検査受けてるような気がしてきたんだけど。」

「あれは何?知能検査を受けてたの?心理テストなの?」

と聞いてきました。

 

学習能力を調べるような内容もあったようです。

 

私は細かい検査内容を知らなかったこともあり、

「さあ。そうなんだ。」

と、あいまいに答えました。

夫の検査結果

後日、夫と共に病院に行き、検査結果を聞きました。

検査結果を聞いたのは私一人で、夫にはあとで私から伝えました。

 

夫は特別な反応をすることなく、「ふーん。」と。

時に「そんなことはない。」と語気を弱めに言っていました。

 

「そんなことを知るための検査なの?」といった反応で、

私は、

「自分のことを知るのは大切だ。」

「自分の傾向を知ることで、対策をとることができるし、周りの反応を理解する近道になる。」

と話しました。

 

検査結果で、夫にADHD(注意欠如・多動症)があることが分かりました。

 

次男に自閉症スペクトラム症候群と、軽度の知的遅延。

亡くなった長女は心臓の欠陥と、DNAの検査結果から、軽度の知的遅延が出るかもしれないと言われていました。(赤ちゃんの時に亡くなったので、知的遅延があるかどうか不明なままです。)

 

次男に自閉症。

長女に自閉症の可能性があったので、夫に自閉症スペクトラム症候群があるかどうか知りたかったのですが・・・、

 

なんと、

「自閉症を知るための検査をしていない。」ということでした。

 

担当医師は検査員に検査項目の選定を任せていたらしいです。

 

私は陰ながら夫の自閉症の有無についても気になっていたので知りたかったです。

子供たちの発達障害のこともありますし。

 

当然、今回の検査結果でわかるものと思っていたのでショックでした。

知りたいことは念を押すようにしっかりと確認しておかなくてはならないのだなと思いました。

検査結果を見て

検査結果の用紙には、夫の行動の傾向や、どのように対応したらいいかなどが書かれていました。

夫の行動の傾向はぴったりでした。

夫の行動を日頃から見ていて書いてあるのかというくらい。

ああ、・・・やはり、という感じ。

 

医師は、夫の自閉症の有無について調べなかったことに関して、

「一般社会で普通に仕事をすることができているので、あえて調べる必要もないかと思っていました。」

と話していました。

 

・・・なるほど。

確かに夫は働いています。

 

細かいコミュニケーションをあまり必要としない職場です。

勤続年数20年ほど。

正社員です。

 

ああ、でも夫を知る意味で、もっと詳しく細かく知りたかったです。

子供の障害のこともありますし・・・。

検査結果から夫との関わり方を見る

夫婦の衝突も、たびたび同じようなことで起きるのですよね。

毎回同じ石につまずいているような気がします。

 

いいかげん、このループから脱出したいです。

 

こういう時、私はどうしたらいいのだろうと考えたりするのですが、

夫に対して、「どうしてそんな行動をとるの?」

だとか、怒りや焦りを感じるのではなく、

 

猪の様な行動力の夫を、破滅の軌道ではなく、より快適で社会的な軌道にのせてあげられるように、私がうまく誘導しなくてはならないのだと思いました。

 

いろいろなことを同時に言われると混乱してしまう夫のかわりに、私が状況を分かりやすく整理して伝えて、崖に向かって突進しないように、穏やかに手を取らないと。

 

夫は真面目で一途で、言葉の裏を察するのが苦手です。

だから本人の言葉もいつもまっすぐで裏がありません。

(ギャンブルで混とんを招いていた時は、嘘と混乱しかありませんでしたが。)

 

それはいいことなのですが、人とのコミュニケーションにおいては時に失敗をします。

 

察してほしいのではなく、直接的な言葉を使い、こうなってほしい、こうしていきたいという言葉をそのまま使っていかなくてはいけないのだと思いました。

夫の検査は本人のためというよりも、どちらかというと彼を取り巻く周囲の人間のためにあるような気がしました。

夫の取扱説明書といったところですね。

 

振り返れば、今も私はうまくできていない気がします。

もっと自分の思ったことや願いをそのままストレートに伝えなくては。

反対のことを言って、察してほしいは、通用しないのです。

 

夫の担当医師は、移動になるらしく、次から別の医師に引き継ぐとのことでした。

担当医師の移動を機に、夫は精神病院に行くのをやめました。